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【都営】 東98 M-D267

もう5月も中旬だというのに、ちっとも更新していませんでした。この間2月から初対面の方に、このブログのアドレス入りを教えていたというのに、肝心な更新をサボってしまいました。恐縮です。

昨日も、新たな出会い、久しぶりの出会いがあり、楽しい1日でした。これからもよろしくお願いします。


久しぶりの更新はお手軽に画像1枚で終わりです。

2001年2月12日に東京都世田谷区の等々力(とどろき)で撮影した都営バス M-D267、港区内から延々と目黒通りを走ってきた東98がようやく目黒通りを離れてこれから右折していこうとするところです。

車輌はM-D267 日野KC-RU1JCLH 2001年に入っていますので、目黒営業所が品川営業所の目黒支所となった後です。 前面窓下に「低公害バス」とあるように、この車輌は日野HIMR ディーゼル電気ハイブリッドバスです。
toei M-D267

現在では、港南所属の日野HR(中型車幅10.5m車)主体の東98ですが、撮影当時は、日野大型車による運転でした。
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【都営バス】都市新バス第1弾[都01]専用車輌に関する雑誌の記述

新年あけましておめでとうございます。

自ら情報発信するつもりが、閲覧しているブログやHPのコメント補足欄的な使い方になっています。
11年前にwebの楽しみを知ってから、HPを開設することなくあちらこちらの掲示板で書き込みをするのが私のwebバス趣味活動でした。「イーチコ、バス」で検索すると、過去の書き込みが今でも閲覧できます。
そんなこともあって、自分のブログを作成しても、同じようなことをしてしまうようです。

新年最初の記事も、前回同様にポンコツ屋さんのblog「関東甲信越 古バスの思い出」からです。1月3日付「続・タイムカプセル 【青葉台~市ヶ尾篇】」の記述を受けてのものです。

呉羽自動車工業製ボデーのエアロスター(以下、エアロスターKと呼称します)、ルーフラインに沿ったリヤウインドウがお気に入りなスタイルでした。

エアロスター以前の三菱車はリヤ(後面)にエンジンルームの開口部(グリル)のある顔をしていました。10年前にいすゞ車ではグリルを省略して、他のシャーシメーカーでも省略するようになったのに、三菱は依然としてグリルのある後面だったのです。

そこへ登場したのがエアロスターでした。グリルがなくなっただけではなく、その端正な姿に次第に魅了されていくようになります。

お気にいりの呉羽エアロスターの中でも異色の車輌に出会いました。下記リンクの3枚目にある川崎市バスです。
※オリジナル画像を選択しますと画像が大きくなります。
http://www.photohighway.co.jp/Image.asp?pn=143.00262

エアロスターなのにグリルがある!!!???
既に都営バスのグリーンシャトルで見ていた後面姿ですが、あれはてっきり特注だと思っていたこともあり、都営以外の事業者にもいたことが驚きでした。首都圏では、川崎市のほかに、横浜市と立川バスにいました。いずれも呉羽ユーザーです。

今回紹介するのは、都営バス 都市新バス第1弾となったグリーンシャトル用車輌を導入した頃に発汗された商業車向け雑誌の記述の一部引用です。

☆グリーンシャトル初代車両に関して
商業車雑誌「モーターマテリアル」1984年3月号では計画段階での記事が掲載されていました。車両はイラスト紹介です。

>>ここより記事の引用込みの記述です。
「現在市販しているK-MP118K型低床式リヤエンジンバスを基本に昨年(1983年)4月より開発に着手し10月にボディと内装を大幅に改良したキュービックスタイルに仕上げることを最終的に決定したという」

車台型式「P-MP118KUF型」
※UFは床高さの社内表示と思われます。Uは低床ですが、Fの意味が不明です

「従来車のボディ構造と大きく変わっている点は、キュービックスタイルの採用により近代的感覚を高めたことである。次に前面ガラスを拡大しかつ左方部を切り下げて斬新さを加え、さらに側面窓を思い切って大きくとり視界性を大幅に向上させた。
 フロントバンパーを観光バス用のデラックス版とし、バンパー上部のフロントマスクをブラックマスクに化粧替えするなど観光バス仕様としている。
 従来のK-MP118K型の定員 座席27+立53+運転士1=81 P-MP118KUF型の定員 座席29+立42+運転士1=72」

「ボディ・内装関係はフルモデルチェンジだが、エンジン・シャシ関係は一部を除き従来車を基本としている。トランスミッションが従来車と異なって、OD付フィンガーコントロール方式を採用。車両外寸は従来車と同様、10,260×2,490×3095」

※なお、フィンガーコントロールトランスミッションは、1984(昭和59)年2月15日発売のMPシリーズ改良版でも標準装備になっています。この改良版からP-代になりました。

<読後感>
「モーター・マテリアル」の記事は、執筆が編集部でソースは都営サイドと思われます。ただし、キュービックボデー設計の経緯の部分を読みますと、単純にMMの拡大版ではなさそうな気配であり、ボデースタイルに関しては、次代のモデルをにらんで設計されていたのかもしれません。
ボデーに関してはエアロスターK試作とも言えそうな印象も持ちました。

公刊される書籍で試作云々はあってもオフレコであり広言はしないはずですから、このあたりのニュアンスから汲み取るのがせいぜいといえそうです。

長文となりました。

【都営バス】 最後に見た旧塗装 1988.6

久しぶりに投稿します。

今回は思い出の画像紹介です。
10月から閲覧をするようになったblog「関東甲信越 古バスの思い出」の12月20日(火)付の「都営バス東雲車庫の廃車群」の画像や文章を受けてのものです。

撮影されたのは1988年8月とあります。この1988(昭和63)年という年には、3月に杉並営業所担当の[銀71]が都市新バス路線[都03]、江東営業所担当の[銀16]が[都04]に衣替えをして、ハイバックシート・エアサス装備の専用車に一挙に車輌が変わり、6月に地下鉄有楽町線の新富町~新木場間の延伸開業にともなう路線改編があった頃です。

6月の改編時には、新たに深川営業所担当の都市新バスシステムの路線[都05]が新設、深川にも専用車が導入されています。年度またぎではありますが、1988年の3月から6月にかけて、3つの営業所に都市新バス路線用の新車が集中投入されました。それに加えて、地下鉄有楽町線延伸に伴う路線の廃止や短縮に伴う減便が実施されたことで、まとまった数の古参車が除籍となりました。

1988年に除籍となった車輌には1975年度車もいましたが、1977年度導入車からも除籍が出ました。非冷房車ということもありましたが、それまでは12年以上は使っていましたので、早めに引退してしまったという印象がありました。

私は地下鉄有楽町線延伸直前期に2度、乗車&撮影に出かけました。

✩東21
改編対象となる路線の中で、最初で最後の乗車となったのが[東21](東京駅丸ノ内南口~北砂七丁目)。行先だけを見ると北砂七丁目ってどこ?って思ってしまいますが、当時もそんな視線でみていました。
門前仲町で撮影した東21 北砂七丁目行 S-H288(1980年度導入)現行カラーへ塗装変更済み いすゞK-CLM470V(富士)
higashi21

✩驚きの水色&クリームカラー
この東21を撮るべく、雨のなか門前仲町交差点で待っていたところにやってきたのが、旧塗装の3Eいすゞ車でした。門19 門前仲町行 S-C515(1975年度導入) いすゞBU04V(富士)
S-C515

目の前を旧塗装の都営バスが走ってきたのを見て驚きました。当時は3月の改編時にすべていなくなっていたと勝手に思い込んでいたので、まさか深川に複数台の旧塗装のC代車が残存していたとは知らなかったのです。

画像のいすゞ車は富士重工業ボデーR13型Eですが、川崎系の川重車体工業製ボデーのいすゞ車も見かけました。型式はどちらもBU04です。時期的にみても、有楽町線延伸時には除籍となるだろうと思っていましたが、リンク先の画像を拝見していますと、1988年夏までには除籍したことが確認できます。

2枚の画像とも、1988年6月4日の撮影です。

鉄道車両では旧型客車好き

鉄道車両ではいわゆる旧型客車が大好きです。1985年3月の国鉄の時刻改正までは各地でその姿を見ることができました。関東地方でも茨城県の水戸まで行けば1日数本でしたが、旧型客車列車に乗ることができたのです。

何が好きかといわれれば、その外観や車内のたたずまいと手動扉です。旧型客車は、その形態分類の多様さから詳細な観察を楽しまれている方もいらっしゃいましたが、私の場合はただ旧型客車に乗れればよかったので、車両番号も気にせず、塗装も茶色のほうが望ましいと思いつつも、青色も大歓迎でした。

1990年夏に、兵庫県の山陽本線和田岬支線の旧型客車に乗ったのが国鉄JRでは最後になっています。

私の好みでは、蒸気機関車が復活運転しても牽引する客車が12系や14系ですとつまらないのです。
ですから、1988年に秩父鉄道でC58牽引の列車が走ることになったとき、旧型客車を牽引するとわかって、すぐに乗りに行きました。

その点、一貫して旧型客車主体の編成を組んでいる大井川鉄道はありがたい存在です。

1990年7月 早朝の新金谷駅
1990.7 新金谷 青色

好ましく感じている大井川鉄道なのですが、10月1日の時刻改正で、SL急行の運転区間のうち金谷~新金谷間が走らなくなることと、途中停車駅の下泉・駿河徳山が通過扱いとなることになりました。

電車列車の本数も削減されるようで、少々残念な改正になっています。
http://www.oigawa-railway.co.jp/timetable_new.html

9月に乗りに行ってみようかと思っているところです。

先週は千葉県大多喜へ

先週の金曜日、千葉県夷隅郡大多喜町へ行ってきました。
夕方から2時間の行程で運転された、いすみ鉄道キハ52使用の「ビール列車」に乗車するためです。

夕方前にJR外房線茂原駅から小湊鐡道バスで大多喜車庫まで乗車、車庫から大多喜駅までの散策&元「都自動車」(現在はHMC東京)の車庫訪問をしてビール列車の出発までを過ごしました。

小湊鐵道バス大多喜車庫から大多喜駅への道は一方通行になっています。 
大多喜にて
大多喜車庫始発でいったん大多喜駅を経由して再び大多喜車庫の前を通って勝浦駅へ向かう日デ8E車

ビール列車です。 日中は小雨交じりの曇天でしたが、夕方になって少し晴れてきてビールを楽しむのにちょうどいい天候になってくれました。
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